balcony
ガスマスク少年達

001

 今日も街は多くの者達に埋め尽くされていた。

 アウトローシティはその名の通り、「無法者の街」だ。

 元々は犯罪者を流していた土地だが、やがて表の世でひっそりとしか生きられないような者達が流れてくるようになり、国が街と認めざるを得なくなるほどに肥大した。

 〝生まれも育ちもアウトローシティ〟という者まで出てくる程度の街に成長したのは今から20年ほど前。トトとレオもその一人であるが、歳の近い仲間は少ない。

 今となっては活気ある大きな街だが、街の端に行けば行くほど昔の特性を抱えたままだ。国に属しながら国の法が効かないこの街には、その特性を都合よく思う者達が集まってくる。

 それゆえ外の都市に比べれば治安の悪さは否めないが、それはやはり、街の成り立ちがそうさせるのだから仕方がない。

「――ってことなんだよね」

 トトは目の前の客に目をやった。微笑む青年の横に座る十四、五の少女が今回の依頼者であるという。

 少女の代わりに内容を説明していた彼は、「ほら、自己紹介して」と彼女の背中をポンと叩いて促す。

「……ア、アリーナっていいます……えっと、十四歳です。よろしくお願いします」

 少女――アリーナは、目を泳がしながら名乗った。トトはその様子に「外の子だ」と思ったが、それを口に出すことはせず、淡々とした声色で「よろしく」と返す。

 この街に居るには上等な服も、手入れが行き届き二つに分けられた長い髪も、身にまとう雰囲気も、コチラ側とは違う何かを醸し出していた。

 トトはガスマスクの中で小さく眉間に皴を寄せ、ため息をつく。しかしそれは「シュコー」という音となって、前に居る二人にはため息とは思われず終わった。

 依頼内容はこうだ。

 兄を探してアウトローシティに来たアリーナに、この街のことを教えてやってほしい。

 その時点で眩暈がしそうだった。

 この男は、この街のことをよく知りながらそんな依頼者を当然のようにここに連れて来る。人当りのいい笑顔をしながらろくでもない奴だとトトは思ったが、しかし彼のそれが天然の物であることも重々承知だ。

 何せ長い付き合いなのだから。何も考えていないのか、それとも兄探しというそれが情を生んだのか、大方そのどちらかだろう。

「イリグチは時々、とんでもないのを持ってくるよね」

 トトがそう言うと、青年は「そう?」と顔を隠す「入」と書かれた布の下で不思議そうな顔をする。

 イリグチはアウトローシティの出入口にあるゲートの門番兄弟――その兄の方だ。トトとレオにとっては数少ない、アウトロー出身者の年上である。

 この街で生まれ育ちながら、彼は随分と人が良い。何をどう育てばこの街でそうスレずにいられるのかほとほと疑問だが、それはもう天性のものとしか言いようがない。

「……報酬は誰が払うんだよ」

 「こっちも慈善事業で何でも屋なんかやってんじゃねーんだぞ」。横で聞いていたレオも、トトと同じく気乗りのしない顔で口を挟んだ。
それにイリグチは、「アリーナちゃんは外の子だよ?」と笑いかける。

「お小遣いに貰ってた硬貨を貯めてたらしいんだ。換金すれば、ここじゃしばらく遊んで暮らせるくらいのお金になるよ」
「……なるほどね」

 深刻な表情のトトとレオに、カイは首をかしげる。

 こちらも依頼を受けなければたちまち生活に困ってしまうような生活だ。今こうして暮らしていても、三人には余裕があるわけではなかった。外から入ってきたカイは、外の硬貨がアウトローシティでどれほどの額になるのかよく知っている。生まれ育ちが内側の二人もそれを知らないはずがない。

 普段ならば二つ返事で了承するはずの、破格の報酬を貰えるはずの依頼だというのに、二人のこの煮えきらなさは何だろうか。

 トトは依然アリーナの顔を凝視する。

 初めての街で初めての商談に、十四歳のアリーナは落ち着かない様子で、まだこの街に馴染めていない、困惑を色濃く残していた。けれどその眼には揺るぎなく、何か強い目的を持った色も灯っている。

 トトとレオは顔を見合わせた。お互い、気乗りのしない微妙な顔をしている。しかし、半分あきらめてもいる。イリグチが連れてきた依頼人だ。できることなら断りたい案件だが、馴染みある彼の紹介となれば話は変わる。

 数分の沈黙が続いた。ガスマスクからのコーホーという音以外、ほぼ無音の空間に、アリーナは視線を彷徨わせる。断られてしまったらどうしよう。そういう不安を隠すこともできていないのが、外の人間らしいところだ。

 やがてトトとレオは同時にため息をついた。この様子では、放っておいたら彼女は数日も持たないかもしれない。

「……何も知らないで街に放り出すよりまし、かな」

 トトのその呟きに、レオは小さく頷いた。「そうだな」と口から出たそれが返事だ。

「……その依頼、僕等が請けるよ」

 その一言にアリーナはホッとしたように息をつき、「ありがとうございます」と可愛らしく微笑んだ。イリグチが「よかったね」と彼女の頭を撫でるのを見ながら、トトは複雑な心境だ。

 手放しで喜ぶには、この街は幼子に厳しすぎる場所であることに違いはない。

 はあ、とまた他人にはわかってもらえないため息をついて、トトは淡々と次の言葉を吐いた。

2020/09/02